iPhone typeCへ

iPhoneがtypeCに移行。

今や有線で伝送するデータもなく、充電に使うくらいだし、独自規格に余分なコストをかけずコモディティに切り替えるという判断でしょう。

独自規格よりコモディティの方が規模の経済が働くが、iPhoneレベルではあんまり関係なさそう。

それよりもライトニングに合わせてハードやソフトを作っていたはずで、その開発費を抑制できるのが良いのかもしれない。

次世代でどんどん高速化するとかであれば、独自規格を持つ意味もあるだろうけどね。

 

また、typeCは旧世代のmicroBに比べてデザイン的にちょっと良くなっている。

これがアップルのデザイナー的にも許せるものだったのだろう。

個人的には端子剥き出しのライトニングより、端子部が隠れてるtypeCの方が安心感があります。

 

typeC立ち上げ当初からアップルの影は見えていたので、今回の変更は既定路線ではあっただろう。

でもライトニングケーブルのライセンス収入は簡単に放棄するにはあまりに巨額だった。

最近はライセンス不要の充電専用の廉価版なケーブルもあり、儲からなくなってきた。

背景はそんな感じじゃないでしょうか?

 

中国とのお付き合い

ウクライナ危機を見て、ロシアと同じく独裁で危険な国家である中国とのお付き合いを考えなければならないフェーズに我々はいるように思う。

彼の国も台湾侵攻という野心があり、これは戦前のロシアのウクライナに対するそれよりも、明らかな形で習近平から言われていたことだ。

今回のロシアのことがあって心変わりする可能性はあるものの、そう簡単に諦めるものではないだろう。

仮に台湾侵攻が起きた場合、西側諸国は中国に対してロシアのそれと同じ制裁を課さなければならない。

ロシア以上に経済的な結びつきの強い中国のデカップリングの影響を無視できる企業は一つもないだろう。

カップリングが致命傷となる企業の数は相当数に上るだろう。

中国企業とはあらかじめいつ別れても良いように依存度を下げるべきであろう。

ただ関係を完全に切ってしまえば、それは台湾侵攻を遮るものが何もなくなるので、あくまで依存度を下げる必要がある。

中国が仕入れ先であるなら、中国以外の第三国あるいは国内からの調達ルートを確保しておいたり、中国への販売依存が高いなら、中国以外の国への販売を増やす、など。

 

おりしも世界はコストプッシュのインフレ中であり、世の中が大きく変わろうとしている。

この中であれば、新たな仕入れ先や販路の開拓はむしろやり易いのかもしれない。顧客にしろベンダーにしろ、世界は新しいパートナーを求めている。自分がそうであるように。

頑張れ、日本のサラリーマン。

橋下徹のヤバさが分かったのは良いこと

今回のウクライナ侵攻に関し、橋下徹が炎上している。

発言をまとめると、

ウクライナは降伏すべし。市民の命は国土より優先される。奴隷にされようが、生き残ることが最優先である。

ウクライナ侵攻はNATOとロシアの問題である。ウクライナNATOに加盟させないことを約束させれば戦争は終わる。

というもの。

 

前者は例えば、植物人間になってまで生きたいか?とか、周囲から壮絶な虐めを受けても生きられるか?とか、これらと同列の問題かと。ロシアに連行され酷い生活をしながら生きる、という選択を市民はすべきなのか?

橋下徹は、どれだけ苦しい状況でも生きるべし、生きてさえいればワンチャンがあるから…と大多数が思うと思ってるらしい。私にはワンチャンかけて、今の暮らしを守る為に戦う、という選択の方が尊いと思うのだけどね。日本人なので対岸の火事として見てしまう部分はあるが、同じ状況になった時、ロシアにだけは降伏したくない…と私でも思う。

橋下徹の言ってるのは、自分の家に強盗に入られて、逆らったら殺されるから、強盗の奴隷になれ、ワンチャン強盗は出て行くかも知れんし、と言ってるようなものなんですよね。

 

次にNATOとロシアで話し合え、というもの。ロシアはNATOの東方拡大への抗議としてウクライナに侵攻したから、NATOが東方拡大を諦めれば戦争もやめる、というのが彼の主張だけど、既にこれは間違ってることが証明されたよね。ゼレンスキーはNATO加盟を断念する、というカードを切ったのにロシアは戦争をやめていない。

間違いを認めれば良いのに、自説を曲げられない危ない人だなぁと思った。

 

実は橋下徹は結構ファンだったのですよ。

大阪府の財政やサービスは劇的に良くなったし、大阪都構想も実現すればいいなぁと思った。政治家を辞めた時は残念で、メディアが次期総理に…と持ち上げれば期待したりもしていた。

でも今回の的外れな判断と、それを訂正できない性格はトップにするとかなり危険だなと思った。

ウクライナ危機に関して思うこと

ロシアのウクライナ侵攻が始まってもう二週間が経過しようとしている。

開戦当初から首都陥落は数時間後といわれ続けながら、予想外のウクライナの抵抗が続いている。

理由としては、ゼレンスキー大統領のリーダーシップと西側諸国からの武器供与、ロシアのお粗末な準備などが挙げられる。

 

この一連の流れの中で、国内でツイッターを見ているとどうにも看過できない意見が目立つ。

「犠牲者を減らすことを第一優先で考えるべきだ」というもので、要はウクライナ国民は自分の命を守るために、祖国を捨てて避難すべきだ、というもの。

日本が侵略されても同じことを考える人が多いんだろうな、と思うと悲しくなってきた。

 

国を守るってそもそもどういうことなのか。そこから考えなければならないほど、実は当たり前ではない問題なのだと思う。

何故自分の命だけ考えて国を捨てることは駄目なのか。

例えば、家族。家に強盗が押し入って、家族を捨てて自分だけ生き延びることはありうるか。あり得ない。

子であれば逃げて助かることが仕事だとは思うけど、親であれば逃げることはあり得ない。

仮にそこで生き延びても、自分が生きている意味の大半が失われることになる。社会的にも抹殺される。

人には自分以外のものを守る方が自分の命よりも優先されることがある。

 

国を守るというのは、その社会性を最も高位に表現する行為である。

自分という個は、日本社会の中で育ち生きる術を学んだ。

日本社会以外で生きる術を持たないし、日本社会の制度や価値観を破壊しうる行為は生きる術を奪う行為に当たる。

だから自分の命をかけて守る意味がある。

また、自分の大事な人が、避難地でなく、自分の育った日本で平和に暮らしてほしい、という願望も動機として考えられる。

 

ただ、グローバル化した日本ではもう難しくなってしまったのかも知れないな、とこの文章を書きながら思った。

海外で普通に活躍できる優秀な人も多いし、家族で海外に住んでる人も多い。

何不自由なくやっていけるなら、そのような人にとっては別に祖国など取るに足らないものなのかも、と。

 

自分を含め、日本がないと生きる意味を見出せない、という日本人はいるけど、すでに少数派だったりして…。

オリジン

「数字であそぼ」という漫画を読み、そういえば昔の自分は数学が大好きだったんだよな、ということを思い出した。

旧帝大の工学部卒を初めから目指していたわけではなくて、数学が好きで、かつ実家が貧乏(育った時代がバブル崩壊期)なので就職をしないと、ということで結果としてこうなった。

もし後者の経済状況の問題が無ければ、数学一筋で楽しく生きた未来もあったんじゃないかなーと、この漫画を読みながら思いました。

 

そうした思いを巡らせるうちに、人生に生きがいを見出せない日々を打破するには、この漫画の登場人物たちのように、数学の勉強をするのが良いのでは?と思い至り、東大の公開講座を見ています。

東京大学大学院数理科学研究科 数理ビデオアーカイブ

 

まずは合同式を見終わった。

前半はすごく簡単だったのに、後半にいくとビデオを止めて式を計算したり、資料の前のページに戻って理解を深めないと、分からなかったり、学生時代の勉強が楽しかったころを思い出しました。

あの頃、楽しいだけではダメで金になる実学を、ということで工学部のしかもハードウェアの分野に進んでしまったのだけど、数学の知識が役に立つ場面などほとんどなく、私の数学は消化不良のままです。

今一度、ライフワークとして数学に携わっていく、ということを今後もやっていきたいなぁ。

できれば大学に入りなおして学びなおしたい。夢が一つできたことは非常に嬉しい。

 

風通し悪い

この会社が終わってるなと思うのは、風通しが最悪なこと。

平の社員が他部署に対して、一切の意見が出来ない。

必ず上司が同席しないと何も進まない。

こんなスピード感で良いのかな?って思います。

新卒が2008年。

もし、あの時にインデックス投資でも始めてたら今頃軽くリタイアできてただろうな。

個別株を始めてしまったばかりに、いつまで経ってもリタイアできずに苦しんでる。

自分の人生うまくいかないことばかりだ。